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  3. 『資本論』1~6 背理と形容矛盾(si001-01)

翻訳問題の『資本論』第2版
第1節 1-6(si001-01)


 資本論ワールド 編集部   更新 2020.10.20
 
 1. 編集方針について
 『資本論』第1章を中心として、岩波書店・向坂逸郎訳と日経BP社・中山元訳を参照しながら、翻訳上の問題点や『資本論』解釈の争点・論争などを紹介してゆきます。
 『資本論』の「価値抽象 Wertabstraktion 」問題が凝縮された形で、露出してきます。戦後の『資本論』翻訳受難の50年(1969年岩波・向坂訳から50年)です。

  ★翻訳問題
 (1)形容矛盾と背理 contradictio in adjecto

  なお、編集部の最新の調査報告(2020.09.26)は、こちらを参照してください。
   交換価値の「表現方式Ausdrucksweise」の翻訳問題は、
   数式の仕方(数式で表わす方法・形式)」となります。

  適宜ドイツ語原本の挿入を編集部で行っています。
 岩波書店・向坂逸郎訳はこちら。 日経BP社・中山元訳はこちら


 2. 当時の科学言語で、『資本論』の論理展開の基軸としています。
   いくつかを列挙すれば、
 ① Element / 元素は,
   古代ギリシャ思想やヘーゲル『エンチュクロペディ-』§286 c元素の過程など。
 ② Gallert / 膠状物は,
    19世紀のドイツ生物史・細胞学用語。コロイド colloid のドイツ語
 ③ Gleichung / 方程式は,
   デカルト数学や17世紀方程式の代数的解法など。
 ④ Fetischcharakter / 物神的性格・フェティシュは,
   「18世紀、ド・ブロスのフェティッシュ宗教批判からの転用」
 ⑤ W-G-W, G-W-G / 商品・貨幣の流通形式は,
    有機化学の化学式・構造式の表示モデルから援用。
 ⑥ Metamorphose / 変態は,
  ゲーテ形態学とメタモルフォーゼから応用。

  このように、マルクスはドイツ語圏を先頭に、西洋各地の19世紀科学史を準用しています。こうした論述方法による論理学の組立てが、”ヘーゲルの弟子”を自認しているものと推察できます。
   .............  ...............

段落 1~6 背理と形容矛盾 contradictio in adjecto

資本論 第2版
第1節 si001-01 段落01~6 はこちら 背理と形容矛盾
si001-02 段落07~09 はこちら 小麦の交換関係
si001-03 段落10~14はこちら 翻訳ー抽象と”無視”
si001-04 段落15~end はこちら 価値の規定ー
第2節 si003 ページ 01-03
●進捗履歴2020.10.13     
09.22_1-11.商品の使用価値からの抽象

 第1章 第1節 編集部中見だし 1~6 (ページ内リンク)
 1. 社会の富と商品のElementarform (成素形態-構成要素の形式)
 2. 商品はその属性-特性で欲望を充足させる
 3. 有用な物Ding 質 Qualität(性質)と 量 Quantität ―社会的な尺度
 4. 使用価値は交換価値の素材的な担い手 stofflichen Träger
 5. contradictio in adjecto 背理ー形容矛盾
 6. 諸商品の妥当な交換価値は”同一物”を示しーあるものの「現象形態-現象の形式」


 
  『資本論』経済学批判 岩波書店 向坂逸郎訳 と 日経BP社 中山元訳

    第1節 商品の2要素 使用価値と価値 (価値実体、価値の大いさ)
 

  1.   1. 社会の富と商品のElementarform (成素形態-構成要素の形式)

    資本主義的生産様式の支配的である*1社会の富 Der Reichtum der Gesellschaften は、「*2巨大なる商品集積〔"ungeheure Warensammlung"〕(原注1)」として現われ、個々の商品はこの富の*3成素形態 Elementarform として*0現われる erscheint(現象する) 。したがって、われわれの研究は商品 の分析をもって始まる。 

    (原注1) カール・マルクス『経済学批判』1859年、新潮社版第7巻p.57「*1市民社会の富は、一見して、巨大な商品集積であり、個々の商品はこの富の成素的存在で あることを示している。しかして、商品は、おのおの、使用価値と交換価値(1)という二重の観点で現われる。」   

    *4『経済学批判』アリストテレスの注(1):「何故かというに、各財貨の使用は二重になされるからである。・・・・その一つは物そのものに固有であり、他の一つはそうではない。例えていえば、サンダ ルの使用は、はきものとして用いられると共に交換されるところにある。両者共にサンダル の使用価値である。何故かというにサンダルを自分のもっていないもの、例えば食物と交換 する人も、サンダルを利用しているからである。しかし、これはサンダルの自然的な使用法 ではない。何故かいうに、サンダルは交換されるためにあるのではないからである。他の諸 財貨についても、事情はこれと同じである。」(新潮社版p.57)

    ■ 中山元 訳 日経BP社 __________

     1-1
     資本制生産様式が支配的な社会においては、社会の富は「一つの巨大な商品の集まり”ungeheure Warensammlung"」として現れ、個々の商品はその要素形態〔Elementarform:元素形式〕として現れる。だからわたしたちの研究もまた商品の分析から始まる。
     1-2
      商品は何よりも人間の外部にある対象であり、その
    特性 Eigenschaften によって何らかの種類の人間の欲望を満たす事物 Dingである。この欲望の性格 Natur が食欲であるか、幻想から生まれたものであるかは、重要なことではない。またこの物 Sacheが人間の欲望をどのように満たすのか、すなわち食べ物として、享受の対象として直接に満たすのか、それとも生産手段として、迂回路をへて満たすのかも、重要なことではない。


    編集部注 ______

     向坂訳「個々の商品はこの富の*3成素形態 Elementarform」に対して、中山訳は「要素形態」としてあります。「Element」は独和辞書にあるように、一般的には「要素, 構成要素」などですが、科学書や哲学史では「元素」となります。したがって、向坂訳の「成素」は極めて異例の扱いを行っています。広辞苑などの国語辞典には出てきません。
     実は、
    ■Lヘーゲル哲学関係で翻訳される用語です。『精神現象学』(1971-1973年)の訳者ー金子武蔵(岩波)、樫山欽四郎(河出書房)から流通した造語です。
     「再生は有機体の形式的概念をつまり感受性を、表現している。だが再生は本来から言えば有機体の現実的な概念であり、また全体である。この全体は、個体としては自己自身の個々の部分を生み出すことにより、類としては個体を生み出すことによって、自己に帰る。
     有機体の成素の別の意味つまり外なるものの意味は、それらが形をえた姿である。この形によればこれらの成素は現実的部分として、だが同時にまた一般的な部分、つまり有機的な組織として現存している。感受性は、たとえば神経組織として、再生は個体及び類を保存するための内臓として現存している。」(河出書房新社p.161-162)
     なお、向坂訳は用語の出典を明示していないので、読者に余計な負担を課していることになります。(「成素」なる用語自体は意味不明となる)

     ■L.成素形態 Elementarform の関連質料は、こちら

     ■L.「*2巨大なる商品集積〔"ungeheure Warensammlung"〕

     (商品の「集積」・(集合・集まり)Sammlung -ヘーゲル『精神現象学』)


  2.  2. 商品はその属性-特性で欲望を充足させる

    商品はまず第一に外的対象である。すなわち、その属性Eigenschaft によって人間のなんらかの種類の欲望を充足させる一つの物である。こ れらの欲望の性質は、それが例えば胃の腑から出てこようと想像によるものであろうと、こ との本質を少しも変化させない(注2)。ここではまた、事物が、直接に生活手段として、すなわち、享受の対象としてであれ、あるいは迂路をへて生活手段としてであれ、いかに人 間の欲望を充足させるかも、問題となるのではない。
       
    (原注2)「願望をもつということは欲望を含んでいる。それは精神の食欲である。そして身体にたいする飢餓と同じように自然的なものである。・・・大多数(の物)が価値を有するのは、それが精神の欲望を充足させる からである」(*5ニコラス・バーボン『新貨幣をより軽く改鋳することにかんする論策、ロック氏の「考察」に答えて』 ロンドン、1696年、2-3ページ)。


  3.  3. 有用な物Ding 質 Qualität(性質)と 量 Quantität ―社会的な尺度

     鉄・紙等々のような*6一切の有用なる物は、と量 Qualität und Quantität にしたがって二重の観点から考察され るべきものである。このような*6すべての物は、多くの属性の全体をなすのであって、したが って、いろいろな方面に役に立つことができる。物のこのようないろいろの側面と、したがってその多様な使用方法を発見することは、歴史的行動(原注3)である。有用なる物の量をはかる社会的尺度を見出すこともまたそうである 。商品尺度の相違は、あるばあいには測定さるべき対象の性質の相違から、あるばあいには 伝習から生ずる。

     (原注3)「物は内的な特性(vertue ― これはバーボンにおいては使用価値の特別な名称である)をもっている。物の特性はどこに行っても同一である。例えば、磁石は、どこにいっても鉄を引きつける」(同上、6ページ)。磁石(関連コラム)の鉄を引きつける属性 Eigenschaft は、人がその性質を利用して*7磁極性 magnetische Polarität を発見するにいたって初めて有用となった。


    ■ 中山元 訳 __________
    1-3
      鉄や紙などの有用な物Dingは、それぞれ
    性質と量 Qualität und Quantitätという二重の側面から考察する必要がある。こうした物はすべて、多数の特性 Eigenschaften をそなえており、そのためにさまざまな側面において有益に利用することができる。物を利用しうるこれらのさまざまな側面と、その多様な使用方法を発見するのは、歴史の仕事である。有用な物がどれほどの量で必要とされるかを測定する社会的な尺度をみいだすのも、歴史の仕事である。商品の社会的な尺度の違いVerschiedenheit は、測定される対象の性質の多様性 der verschiedenen Naturによって生まれることも、習慣によって作りだされることもある。

    編集部注 ______

     
    ニコラス・バーボンとロックの論争は、こちら


  4.   4. 使用価値は交換価値の素材的な担い手 stofflichen Träger

     一つの物の有用性〔有用性という性質〕は、この物を使用価値にする(原注4)。しかしながら、この有用性は 空中に浮かんでいるものではない。それは、*8商品体の属性 Eigenschaften des Warenkörpers によって限定されていて、商品体なくしては存在するものではない。だから、商品体自身が、鉄・小麦・ダイヤモンド等々というように、一つの使用価値または財貨である。このような商品体の性格 Charakter は、その有効属性を取得することが、人間にとって多くの労働を要するものか、少ない労働を要するものか、ということによってきまるものではない。使用価値を考察するに際しては、つねに、1ダースの時計、1エレの亜麻布、1トンの鉄等々というよ うに、それらの確定した量が前提とされる。商品の使用価値は特別の学科である商品学(原注5)の材料となる。
     
     使用価値は使用または消費されることによってのみ実現される。*9使用価値は、富の社会的形態 gesellschaftliche Form 〔社会の形式〕の如何にかかわらず、富の素材的内容 stofflichen Inhalt des Reichtums をなしている〔形式と内容:Form und Inhalt(Gehalt)〕。
     われわれがこれから考察しようとしている社会形態においては、*9使用価値は同時に-交換価値の素材的な担 い手 stofflichen Träger をなしている。


    (原注4) 「あらゆる物の自然価値(natural worth)とは、必要なる欲望を充足させ、あるいは人間生活の快適さに役立つ、物の適性のことである」(ジョン・ロック『利子低下の諸結果にかんする若干の考察』 1691年、『著作集』版、ロンドン、1777年、第2巻、28ページ)。第17世紀において、まだしばしばイギリスの著述家の間に „worth“ を使用価値の意味に、„value“ を交換価値の意味に、用いるのが見られる。全く、直接的の事物をゲルマン系語で、反省的事物をローマン系語で言い表わすことを愛する言語の精神にもとづくのである。

    (原注5) ブルジョア社会においては、すべての人は商品の買い手〔アドラツキー版には売り手。エンゲルス版・カウツキー版・英語版・フランス語版およびディーツ版『全集』ではすべて買い手となっている。……訳者〕として、百科辞典的商品知識をもっているという法的擬制(fictio juris)が、当然のことになっている。


      ■ 中山元 訳 __________
    1-4
     ある物が有用 Nützlichkeit であるとき、その物は使用価値をもつと言われる。しかしこの有用性は空中に漂っているものではない。有用性は
    商品の〈身体〉の特性 die Eigenschaften des Warenkörpers から生まれるものであり、この〈身体〉なしには存在しない。鉄、小麦、ダイヤモンドなどの商品の〈身体〉そのものが使用価値であり、財なのである。この〈身体〉の特性は、この商品が使用価値という性格を獲得するために人間がどれほどの労働を投入する必要があるかとは、かかわりがない。使用価値を考察するときには、1ダースの時計、1ヤードの亜麻布、1トンの鉄のように、つねに量的な規定 quantitative Bestimmtheit が想定されている。商品の使用価値は、商品学という独自な学問で研究する対象である。使用価値は、商品が使用され、消費されて初めて現実のものとなる。使用価値は富の内容の素材となるものであり、Gebrauchswerte bilden den stofflichen Inhalt des Reichtums, その富の社会的な形態がどのようなものであるかにはかかわらない。わたしたちが考察している社会形態では、使用価値は[富の内容とは]別の 素材の担い手となる。使用価値は交換価値の担い手なのである。 In der von uns zu betrachtenden Gesellschaftsform bilden sie zugleich die stofflichen Träger des - Tauschwerts.


    編集部注 ______
     
    中山元訳の丁寧な翻訳が現れている箇所です。「[富の内容とは]別の素材の担い手」ーすなわち、「使用価値は交換価値の担い手」ということが、次元の違う事態を指示しています。
     なお、使用価値はもう一つの”有用性” として、「交換価値の担い手」という役割を持つことになります。



  5.   5. contradictio in adjecto 背理ー形容矛盾

     *10交換価値は、まず第一に量的な関係 quantitative Verhältnis として、すなわち、ある種類の使用価値が他の種類 の使用価値と交換される比率 Proportionとして、すなわち、時とところとにしたがって、絶えず変化する関係 ein Verhältnis, das beständig として、現われる erscheint (原注6)。
     したがって、交換価値は、何か偶然的なるもの、純粋に 相対的なるものであって、*11商品に内在的な、固有の交換価値(valeur intrinseque)という ようなものは、一つの背理(原注7)contradictio in adjecto〔形容矛盾〕)のように思われる。われわれはこのことSacheもっと詳細に考察しよう

     〔 背理:誤った矛盾した推論(正しいと思われていることに反すること)〕

     (原注6) 「価値は一つの物と他の物との間、一定の生産物の量と他のそれの量との間に成立する交換関係である)(ル・トゥローヌ 『社会的利益について』、『重農学派』デール版、パリ、1846年、88ページ)。

     (原注7) 「どんな物でも内的価値というようなものをもつことはできない」N・バーボン『新貨幣をより軽く改鋳することにかんする論策』6ページ)、
     またはバットラのいうように、
     「物の価値なるものはそれがちょうど持ち来すだけのものである。」
     
     〔*バーボンは、(原注8)で、正反対のことを言っていることに注目!!
    「一商品種は、もし価値が同一であれば、他の商品種と同じものである。・・」〕


     ■ 中山元 訳 __________

           *交換価値  〔訳者の中見出し〕
     1-5

     交換価値はまず量的な関係として示される。この量的な関係とは、ある種の使用価値が別の種類の使用価値とどのような比率で交換されるかを示すものであり、この関係は時と所におうじてたえず異なる。このため交換価値は偶然的なもの、まったく相対的なもののようにみえる。
     そこで商品には内的で固有の交換価値があるという表現は、
    形容矛盾(contradictio in adjecto) に聞こえるのである。この問題をさらに詳しく検討してみよう。


     ◆ 編集部注 ______

     
    この第5段落で、マルクスは「このことSacheもっと詳細に考察しよう」と、第1節全体の議論の展開を告知しています。
     まず議論の入口として、「contradictio in adjecto」を考察してゆきます。

     『資本論』の翻訳問題に関連してゆきますが、「交換価値の量的な関係」の分析です。


     ■分析手順として、
     1. この第5段落は、(contradictio in adjectoの翻訳-背理か形容矛盾か)翻訳を巡って、次以降の段落に翻訳と読解の違いが発生してきます。
      第6段落:形容矛盾に対応する「交換価値の量的な関係」に対する解釈・理解の相違、
     また
      第7段落:等式か方程式Gleichung: 1 Quarter Weizen = a Ztr. Eisen)翻訳の問題と「交換価値の量的な関係」の数学的表示方法
     さらに
      第9段落:商品の交換関係 Austauschverhältnis der Waren と商品の使用価値からの“抽象 Abstraktion (抽象化、抽象作用)”、 に関して見解が大きく分かれてゆきます。
     


  6.  6. 諸商品の妥当な交換価値は”同一物”を示しーあるものの「現象形態」

       〔■背理に対応する交換価値の説明ー赤字箇所

     一定の商品、1クォーターの小麦は、例えば z.B.、x量靴墨、またはy量絹、またはz量金等々 と、簡単にいえば他の商品と、きわめて雑多な割合で交換される。このようにして、小麦は 、唯一の交換価値のかわりに多様な交換価値をもっている。しかしながら、x量靴墨、同じく y量絹、z量金等々は、1クォーター小麦の交換価値であるのであるから、x量靴墨、y量絹、z 量金等々は、*12相互に置き換えることのできる交換価値、あるいは相互に等しい大いさの交換価値であるに相違ない

     したがって、第一に、同一商品の妥当なる交換価値は、一つの同一 物を言い表している。だが、第二に、交換価値はそもそもただそれと区別さるべき内在物の 表現方式、すなわち、その「 現象形態 Erscheinungsform でありうるにすぎない。

      Zweitens(第二に) aber: Der Tauschwert kann überhaupt nur die Ausdrucksweise (表現の仕方:数式の仕方) , die "Erscheinungsform" eines von ihm unterscheidbaren Gehalts (それ/交換価値と区別される中身/内容の現象の形式)sein.

      *1-4の〔形式と内容:Form und Inhalt(Gehalt)〕


    ■ 中山元 訳 __________

    1-6   〔■形容矛盾に対応する交換価値の説明ー赤字箇所

      ある商品、たとえば1クォーターの小麦であれば、X量の靴墨やY量の絹布やZ量の金などと交換される。要するにこの小麦はさまざまな比率 verschiedensten Proportionen で他の商品と交換される。だからこの小麦の交換価値はただ一つではなく、多数の交換価値をそなえていることになる。しかしX量の靴墨もY量の絹布も Z量の金なども、すべて1クォーターの小麦の交換価値なのだから、X量の靴墨、Y量の絹布、Z量の金の交換価値はたがいに置き換えられうるものであり、同じ大きさ einander gleich große Tauschwerte でなければならない。

      そこで次のことが確認できる。 第一に、
    その社会で通用する同じ商品の交換価値は、同一である 〔drücken ein Gleiches aus:同じものを表現する〕。 第二に、交換価値はそもそもある内容 [価値] の「現象形態」であり、交換価値が表現する内容は、交換価値とは違うものである。

    Zweitens aber: Der Tauschwert kann überhaupt nur die Ausdrucksweise, die "Erscheinungsform" eines von ihm unterscheidbaren Gehalts sein.〔交換価値から区別・識別できる中身・内容・実質〕


     ◆ 編集部注 _____

    第6段落:形容矛盾に対応する「交換価値の量的な関係」に対する理解の相違.

     中山訳の「形容矛盾」では、「丸い三角形」の表現のように捉えています。一方、向坂訳では、「一つの背理」(誤った推論)と意訳を行っています。

     中山訳”交換価値はそもそもある内容[価値]の「現象形態」であり、交換価値が「表現する内容」は、交換価値とは違うものである” として、このように中山訳は、表現する内容・仕方(丸い三角形」の形容矛盾に焦点を当てて, 理解と解釈の仕方に力点が置かれています。

     
    *1-5 中山訳「・・・この関係は時と所に応じてたえず異なる。このため交換価値は偶然的なもの、まったく相対的なもののようにみえる。
     そこで商品には内的で固有の交換価値があるという表現は、
    形容矛盾(contradictio in adjecto) に聞こえるのである・・・


     一方、向坂訳:「第二に、交換価値はそもそもただそれと区別さるべき内在物の 表現方式、すなわち、その「現象形態」でありうるにすぎない。」
     Zweitens aber: Der Tauschwert kann überhaupt nur die Ausdrucksweise, die "Erscheinungsform" eines von ihm unterscheidbaren Gehalts sein.〔交換価値から区別・識別できる中身・内容・実質

     
    *直訳的には:「第二に、だが:交換価値はそもそもただ区別・識別できる中身・内在物の表現方式「Ausdruck(化学・数学の)式」の「weise(仕方・方法)」、(すなわち)その” 現象形式 (現われ方の形式・仕方)” にちがいない。

    向坂訳: 内在物の 表現方式、すなわち、その「現象形態」でありうる ”として、contradictio in adjecto(形容矛盾)」の論理構成に関して「背理誤った推論(正しいと思われていることに反すること)」として理解し、交換価値の”表現形式(表現方法)”ーすなわち”現象形態ー現象として現われる形式”の 原因・根拠に言及 している、と言えます。

     この二人の「交換価値の量的な関係」の「内容・把握の仕方の違い」が、次の 第7段落:等式か方程式Gleichung: 1 Quarter Weizen = a Ztr. Eisen)翻訳の問題ーとして継続してゆきます。
     すなわち、中山訳:「形容矛盾・丸い三角形」の表現方法・形式の判断基準が「等式」に合致しているかどうか、を根拠にして議論が進行してゆきます。

  7. 続き 07~09は si001-02  のページへ