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第2部 資本論と実体と属性の哲学史

1. 実体と属性の哲学史.1 -アリストテレスからヘーゲル-

 はじめに
 古代ギリシャ時代以来、伝統的な西洋思想のキーワード・「実体」概念をどのように理解するか、これを巡って多様な宇宙と世界の成り立ちについてもろもろの理論が形成されてきた。古代から中世にいたる間、宇宙と世界を形成している主要な骨組みは、アリストテレス哲学によって説明され、近代に至ってデカルトによる科学革命で18・19世紀への入り口が切り開かれた。デカルトの衝撃は、今日なお言論・思想界にも多大な痕跡を残している。その影響は、私たち日本人にも翻訳文化を通じて西洋思想の翻訳言語表現の中に根強く継続され、物質界と精神界の二分法として潜在し続けている。
 今日、『資本論』の商品価値を巡る100年にも及ぶ長い研究史を振り返るとき、私たちの眼前に翻訳文化の弊害が立ち塞がっている。五里霧中、商品世界の一切の神秘、一切の魔術と妖怪が消えてなくなってはいない。 日本の『資本論』解説者の間では、意識的にヘーゲル弁証法論理学を無視し続け、あるいは誤解され続けている。ヘーゲル哲学を抜きにして『資本論』を語る人々で溢れかえっている現状は、デカルト時代の水準にさえ達しているのか大変疑わしい。手を抜かず、現状からの一歩前進に向けた、「西洋文化の探求・価値の実体」を求めて旅立ちを始めましょう。


2. 実体と属性の哲学史.2 -商品の物神的性格入門-

      ヘーゲルとマルクス
    第3節 ヘーゲル論理学と『資本論』への道筋へ
  このようにヘーゲル論理学の「実体」や「属性」は、私たちが使用するものとくい違っています。私たちはこれまで広辞苑の説明と同じように、理解し、考えてきました。なぜなら、これ以外に思考する<術スベ>を持ち合わせていなかったのです。 そして、『資本論』を読む場合にも、習慣的・伝統的に考え、日常言語通りに日本語風に体得してきたのです。2500年にわたる西洋文化の(イスラム圏時代を経て)試練の中から、ヘーゲル論理学が誕生し、『資本論』はまさに巨人たちの肩の上で始めて達成された記念碑だったのです。 私たちは、今、この地盤に立つことができました。



   3. 資本論第1章第1節とヘーゲル論理学. -実体と形式-  


 (1)> 資本論第1章 第1節の要約 (2)> >第1章 第1節の論点について (3)> ロック-バーボン論争における価値の「大いさ」と「量」について  (4) 第2節 ヘーゲル論理学の「量、定量、大いさ」 (5)> 第3章 価値を交換価値にする形態 (6)> Formは、ヘーゲル論理学のキーワード (7) 第4章 実体Substanzと形式Rormについて (8)> 価値形成実体>と形式



   4. 資本論第1章第2節と「労働と商品価値」について  


        -ヘーゲル「質・量」の量的比例-   




 〔*注〕 『大論理学』第2篇大きさ(量)
  「第三に、質的形式の中にある定量は量的比例(das quantitative Verhältniss)である。定量は単に一般に自分を越えて進んで行くにすぎないが、しかし量的比例の中では、それは次のようになる。すなわち、ここでは定量が他在の中で自分の規定をもつと同時に、他在も措定されて一個の他の定量であることになる。こうして、ここには定量の自己復帰とそれの他在の中における自分への関係が存在することになる。この比例の根底には、まだ定量の外面性がある。互いに関係し〔比例し〕あうものは互いに無関心的な定量である。すなわちこの定量は、このような自己外存在の中に、その自己関係をもつものである。」
 (2) 同じ質―人間労働の性質―が成立する構造
 「上衣や亜麻布がそれらの特殊な質から抽象される」ことにより、「上衣価値や亜麻布価値の実体」が 現象してくるわけです。現象する「世界構造;自己外存在の自己関係の成立」のエレメントとして「同じ質」〔単位・量への止揚〕、「価値」、そして 「実体」 の概念が構成されてゆきます。
 この3者の相互関係は、第2節のもう一つのテーマとして地下水脈のように流れています。