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  3. 『資本論』10~14 小麦の交換関係(si00-03)

翻訳問題の『資本論』第2版
第1節 10-14(si001-03)

段落 10~14 小麦の交換関係

資本論 第2版
si001-01 段落01~6 はこちら 背理と形容矛盾
si001-02 段落07~09 はこちら 小麦の交換関係
si001-03 段落10~14はこちら 翻訳ー抽象と”無視”
si001-04 段落15~end はこちら 価値の規定ー
  si001-03 段落10~14はこちら 「翻訳-抽象と”無視”」
   10. 〔■使用価値としては、・・・交換価値としては・・・〕

 
  『資本論』経済学批判 岩波書店 向坂逸郎訳 と 日経BP社 中山元訳

    第1節 商品の2要素 使用価値と価値 (価値実体、価値の大いさ)
 
  1. si001-01 段落1~6 はこちら 【背理と形容矛盾】
  2. si001-01 段落1~6 はこちら 【背理と形容矛盾】
  3. si001-01 段落1~6 はこちら 【背理と形容矛盾】
  4. si001-01 段落1~6 はこちら 【背理と形容矛盾】
  5. si001-01 段落1~6 はこちら 【背理と形容矛盾】
  6. si001-01 段落1~6 はこちら 【背理と形容矛盾】
  7. si001-02 段落7~9 はこちら 【小麦の交換関係】
  8. si001-02 段落7~9 はこちら 【小麦の交換関係】
  9. si001-02 段落7~9 はこちら 【小麦の交換関係】

  10.  10. ■使用価値としては、・・・交換価値としては・・・〕

     使用価値としては、商品は、なによりもまずことなれる質のものである。交換価値としては、商品はただ量をことにするだけのものであって、したがって、一原子の使用価値をも含んでいない。

  11.  いまもし 商品体の使用価値を無視するとすれば、〔Sieht man nun vom Gebrauchswert der Warenkörper ab, 〕
    商品体に残る属性は、ただ一つ、労働生産物という属性だけである。だが、われわれにとっては、この労働生産物も、すでにわ れわれの手中で変化している。われわれがその使用価値から抽象するならば Abstrahieren wir von seinem Gebrauchswert、われわれは労 働生産物を使用価値たらしめる物体的な組成部分や形態からも抽象することとなる。それはもはや机や家でも撚糸でも、あるいはその他の有用な何物でもなくなっている。すべてのその感覚的な性質は解消している。それは もはや指物労働の生産物でも、建築労働や紡績労働やその他なにか一定の生産的労働の生産物 でもない。労働生産物の有用なる性質とともに、その中に表わされている労働の有用なる性 質は消失する。したがって、これらの労働のことなった具体的な形態も消失する。それらは もはや相互に区別されることなく、ことごとく同じ人間労働、抽象的に人間的な労働〔abstrakt menschliche Arbeit :副詞的用法のabstrakt〕に整約される〔reduzieren:「還元する」動詞系がabstraktと連動して副詞的用法となっています。〕。


    ■ 中山元 訳 __________

    1-11
      
    さて、商品の〈身体〉の使用価値を無視するならば 〔absieht→absehen:度外視する、問題としない〕、そこに残るのは商品が労働の生産物であるという特性だけである。しかしわたしたちの手の中で、この労働の生産物はすでに変化してしまっている。 商品の使用価値を無視するということは Abstrahieren wir von seinem Gebrauchswert, 、その商品の使用価値を作りだしている物体的な成分や形態もまた無視するということである。その商品はもはやテーブルや住宅や紡ぎ糸などの有用な物ではなくなっている。商品の感覚的な特性はすべて消滅している。 これはもはや家具労働、建築労働、紡績労働、その他の種類の特定の生産的な労働の生産物ではなくなっている。労働の生産物の有用な性格 nützlichen Charakter が失われるとともに、これらの労働の具体的に異なる形態もまた消滅する 〔verschwinden:姿を消す,なくなる〕。もはやこれらの労働はたがいに区別されず、すべて同じ人間労働に、抽象的な人間労働 〔abstrakt:抽象的に menschliche Arbeit〕 に還元されている。


    編集部注 _____
     
     向坂訳, 中山訳両方とも「商品体の使用価値を無視する(absehen)」と翻訳・解釈しています。
     上記 1-9 では、向坂訳の「商品の交換関係」は、中山訳の「商品の交換比率」とは区別されていましたが、11段落で、両者とも一致して「使用価値を無視する」ことになります。
     ーー向坂訳では「 第9段落:商品の交換関係 Austauschverhältnis der Waren と商品の使用価値からの“抽象 Abstraktion” に関して表現形式・見解が大きく分かれて」いたのですが、交換関係の内部では、「使用価値を無視する」観点では 同じ”やり方”をしていることになります。すなわち、向坂訳でも「交換関係」も「交換比率」も 同じ”扱い” をしていることになります。

     
    資本論ワールド編集部では、
     1-5において「この第5段落は、contradictio in adjectoの翻訳-背理か形容矛盾か-を巡って、次段落以降に読解の違いが発生してきます。」と提議して、「
    第6段落 形容矛盾, 第7段落 等式か方程式か, 第9段落「抽象作用・Abstraktion 」の探索を進めてきました。
     しかしながら、1-11段落にきて、
    向坂・中山両者の翻訳が「商品の使用価値を無視するというやり方・分析視点では一致して同じ”扱い” をしてしまいます

     商品の交換関係の”内部”で発生している事態に対して、向坂訳と中山訳両者が、
    なぜ、同じ”扱いー使用価値を無視する” で一致してしまう結論となるのでしょうか?
    ー「交換価値と使用価値の相互関連の分析」を巡る議論の不透明さと混濁・混迷が発生する原点がここにあります。こうして探索は続行されなければならない。
     *詳しくは、
    こちらを参照してください。(2020.09.28現在作成中です)



  12.  われわれはいま労働生産物の残りをしらべて見よう。もはや、妖怪のような同一の対象性いがいに、すなわち、無差別な人間労働に、いいかえればその支出形態を考慮することのない、人間労働力支出の、単なる膠状物 Gallert 〔Gallertの中山訳は凝縮物〕というもの意外に、労働生産物から何物も残っていない。これらの物は、ただ、なおその生産に人間労働力が支出されており、人間労働が累積されているということを表わしているだけである。これらの物は、おたがいに共通な、こ の社会的実体の結晶として、価値―商品価値である。


    ■ 中山元 訳 __________

    1-12
      それではこのようにして残された労働生産物の残滓を検討してみよう。そこに残されているのは、人間のさまざまな労働がどのような形態で行われたかはまったくかかわりなく、たんに無差別に行使された人間労働の凝縮物 eine bloße Gallerte unerschiedsloser menschlicher Arbeit,という幻想的な実態 gespenstige Gegenständlichkeitにすぎない。これが表現しているのは、`これを生産するために人間の労働力が行使されたということ、そこに人間の労働力が蓄積されているということだけである。それは、これらの物に共通する社会的な実体 gemeinschaftlichen Substanz の結晶であり、これがこの商品の価値、商品価値なのである。



  13.  商品の交換関係そのものにおいては Im Austauschverhältnis der Waren selbst、その交換価値は、その使用価値から全く独立しているあるもの〔Unabhängig:独立したもの ー(使用価値に)左右されないもの 〕として、現われたerschien。もしいま実際に労働生産物の使用価値から抽象するAbstrahiert man nun wirklich vom Gebrauchswert der Arbeitsprodukte: 労働生産物の使用価値を度外視する〕とすれば、いま規定されたばかりの労働生産物の価値が得られる。商品の交換比率 Austauschverhältnis または交換価値に表われている共通なものは、かくて、その価値である。研究の進行とともに、われわれは価値の必然的な表現方式または現象形態としての交換価値に、帰ってくるであろう。だが、この価値はまず第一に、この形態から切りはなして unabhängig von 考察せらるべきものである。


    ■ 中山元 訳 __________

     1-13
      商品の交換関係 Austauschverhältnis のうちで、商品の交換価値はその使用価値とはまったく独立したものdurchaus Unabhängigesのようにみえる
    〔erschien:姿を現す〕
    労働生産物の使用価値を実際に無視してしまうと A
    bstrahiert man nun wirklich vom Gebrauchswert der Arbeitsprodukte、このように規定された労働生産物の価値が決定される。だからすでに考察してきた〈共通なもの〉とは、商品の価値である。これが商品の交換比率 Austauschverhältnis として、商品の交換価値として表現されるのである。
    これから研究を深めていくと、
    価値の必然的な表現形式として、または現象形式として、この交換価値について考察することになるが、ここではこの価値は これらの形式とは別に考察する必要があるのである。


    編集部注 _____

     上記1-5から1-11まで、段落ごとにかなり細かくたどってきましたが、1-13段落で、中山訳の混線した議論が簡潔に整理された形で、まとめられています。
     ①商品の交換関係のうちで
     ②使用価値とはまったく独立したもの
     ③使用価値を実際に無視してしまうと〔度外視すると〕
     ④このように規定された労働生産物の価値が決定
     ⑤商品の価値ー交換比率 Austauschverhältnisとして、商品の交換価値として表現される
     ⑥価値の必然的な表現形式ー現象形式として交換価値を考察する


  14.  このようにして、一つの使用価値または財貨が価値をもっているのは、ひとえに、その中に抽象的に人間的な労働が対象化されているから、または物質化されているからである。そこで、財貨の価値の大いさはどうして測定されるか? その中に含まれている「価値形成実体」である労働の定量によってである。労働の量自身は、その継続時間によって測られる。そして労働時間には、また時・日等のようか一定の時間部分としてその尺度標準がある。


    ■ 中山元 訳 __________

    1-14
    このように、商品の使用価値または財が価値をもつのは、そこに抽象的な人間労働が[物的なものとして]対象化され、物質化されているからである。この価値の大きさはどのようにして測定されるのだろうか。そこに含まれる「価値を形成する実体"wertbildenden Substanz"」の大きさ Quantum、すなわち労働の量 Die Quantität der Arbeit によってである。この労働の量そのものは、労働が持続した時間の長さで決定され、この労働時間の長さを測定する尺度は、1時間、1日のように、特定の時間の長さである。
  15. 15~endは si001-04  のページへ